プロフィール

プロフィール

安藤香織プロフィール

経歴

初めまして、安藤香織です!

初めてわたしのことを知ってくださった方もいると思うので、

自己紹介させていただきます。

名前:安藤香織

住所:三重

好きなこと:エステをする、自宅の模様替え、バイマで検索、うさぎと戯れる、ピアノ、クラッシック、温泉、海外のスーパー、お花屋さんに行く、ホテルでランチ、コーヒーが好き♡安心できる仲間と笑い合うこと。

 

わたしは現在、自宅エステサロンの経営5年目。

インターネットを使って情報発信を始めて1年が経ちました。

現在、自分のらしく働き、自分の為の人生を生きていきたい女性に向けてエステ・セラピストとしての技術や知識などのスキル、レッスン、マインドセットや情報発信について学べるスクールを主宰しています。

家族は5歳の息子と夫。うさぎ(ホワイト)1匹。

すぐ隣には夫の両親とおばあちゃん、猫2匹が住んでいます。

2年前までは・・・

夫の妹家族も住んでいてさらにおじいちゃんに犬1匹という

4世帯の大家族でした。笑

まぁ、わたしがこの家に嫁いだのは7年前はもうそれは目まぐるしい日々だった!

「うちは弱肉強食だから。」と夫のお母さんに言われ、

マイペースなO型は圧倒されまくり。笑

毎日洗濯物が何か無くなるっていうね。

特に靴下が一足無くなるのは日常茶飯事!www

生まれて初めて「靴下はたくさん買うこと!」と教えてもらいました。

 

そんな話はさておき、

今年の春は家族で香港、マレーシア、タイに11日間で過ごしたり・・・

3月後半から4月は花粉から逃れることができました。

香港とマレーシアには知り合いがいるので

1昨年前にホームステイの受け入れをしたので

会いに行ってきたんです^^

友人のお陰で現地の食べ物やおすすめスポットを濃縮にギュギュっと感じられてとても良い旅でした。息子も良く頑張ったなぁっていうのと、楽しい旅になったのも現地に知り合いがいるから楽しめたことに感謝!って感じです。

海外旅行って

幼い頃(小1)とか

お金持ちの友達が毎年夏休みに海外旅行に行っていて、

その友達の部屋にはゾウに乗った写真とか飾ってあって、

めっちゃいいなぁーって、

海外に行けるのなんて夢のまた夢。って思っていました。

が、現在はもう、今年は海外行くことないだろうなぁ〜ってのんびり過ごしてると

なぜか海外のお誘いや海外へ行くチャンスに恵まれてるわたし。笑

なんだかんだ毎年、2カ国以上海外に行っていて、

海外に行けちゃってる自分が不思議です。

だけど、もうしばらくは家族でのんびりと公園でお散歩したり

家族でまったりゆっくりと非日常では無く、日常生活を楽しみたいです。

遡ること11年前、、、

私は自分の人生変えるんだ!と

大手エステサロンたかの友梨ビュティークリニックに就職しました。

地元の店舗で新人時代数ヶ月。

その後いきなり、マリオットアソシアホテル店に配属になりました。

それまでの小型サロンとは全てが違いすぎて、

厳しすぎて、「地元(岐阜)に戻りたいよー」っていつも泣いていました。

小型店でわたしのことを可愛がってくださった店長にいつも電話やメールで

「地元に帰りたいですーーーー」って連絡してた気がします。

だけど、マリオット店である先輩が私のことを手取り足取り

お世話をしてくれました。まるでお母さんのように温かく、時には激おこだったり。

お客様はとんでも無くセレブばかりでやばかったですね。

ひっきりなしにお客様が来店されるので

働きまくって動きまくって接客しまくりアロマオイル販売しまくって、リファ売りまくってメジャーリングしまくってセルライトつぶして、、、、

3人のお客様を回したり。

頭使うし体力使うし、もうヘロヘロでした。

毎日疲れすぎて死亡ーーーーって感じでした。

少しのミスも許されないのです!

ミスを犯すことはクレーム。

クレームなんて出してしまったらもう数日は立ち直れないほどのお叱りとお客様からの

「逆指」というのをいただくわけです。

逆指とは、逆指名です。指名の逆ですよ。。。

カルテに「〇〇逆指」と赤文字で書かれます。

私だって新人時代は「逆指」をもらったことがあります。

 

当時はめっちゃ過酷な労働環境でしたし、厳しすぎて同期もどんどん辞めていくし、

売り上げ目標っていうノルマはあって、

月末になると自分の消化と商品売り上げを達成させなければならず胃がキリキリしながら約5年間過ごしました。

過酷だけどエステの仕事が大好きでした。

お客様の話を聞いてすごく勉強になったし、

やはりたかの由梨ビューティークリニックを選んでくるお客様は当時の私との暮らしとは全然違っていたし、とても優雅で上品で考え方や時間の使い方など違いすぎてそのお話が聞けるだけでも楽しかったのです。

そうすると、だんだんと私がわきまえなければならないことなど感じ取れるようになり、新人エステティシャンのフォローもできるようになっていきました。

お客様に育てていただき今の私があると実感しています。

わたしは施術することが大好きでした。

今でも大好きです。

一人一人違うからです。

その人その人の喜ぶポイントを見つけてそれにハマった!ってなった瞬間が好きで、お客様と距離が縮まったその瞬間が嬉しいのです。

私はエステというスキルや接客・ホスピタリティーを通じて、

お客様が気分良く帰られる姿を見れるのが最高に幸せなのです。

例え、『ありがとう』と言われなくても、

その後、指名してくださったり、コースを契約してくださったり

そんな喜びをたくさん経験させていただきました。

ですが・・・

私は小さい頃、美容の「美」の字も似合わない田舎娘でした。

生まれも育ちも岐阜県。しかも小5までとある村で育ったのです。

村なので信号もなければコンビニもありません。ww

あるのは豊かな大自然!

山、川、広大な畑!という場所で幼少期を過ごしました^^

いつも友達を巻き込んで遊ぶことが大好きでした。

男子と女子という性別も気にしたことはなく

男子とも対等に自転車で競争したり、

男の子にあれやってこれやって!と指示しまくる強めの女子でした。笑

母親からは

「かおちゃん、あのねもうちょっと女の子らしくしたほうがいいわよ。」

「自転車乗る時ガニ股になってるから内股を意識しなさい」とか

「日焼け止めくらい塗ったら?」

「もうちょっとおしとやかにしたほうがいいわ」とか

言われていました。

でもそんな母親のアドバイスを聞くこともなくむしろ、

「私は男に生まれたかった!!」

「いいの!これで!!」と強く反発していました。。。

 

親戚も両親も友達も誰も、自分自身さえも

そんな風だったのでまさか20年後

私がたかの友梨ビューティークリニックという

一流エステティックサロンに就職し

美容の道で生きてくなんて思ってもなかったと思います。

はっきり言って、

美容に興味もなければ憧れすらありませんでした。

むしろ、「女子っぽい感じ」とか超嫌ってましたからね。

母親はいつも「女性らしくいて欲しい」と私に望んでいましたが

私はそう言われれば言われるほど、

「母親の言うことなんか聞くもんかーーー」と反発しまくり

強く見せていました。

そこからある友達S子との出逢いによって私は変化していくのです。

中学2年生〜「美容オタク」S子との出逢い〜

私は比較的、友達にはすごく恵まれていた方だと思っています。

ここまで歩んでこれたのも友人のお陰であります♡

沢山の友人と出会い沢山の楽しかった思い出が蘇るなぁ。

たくさん笑ったなぁ。

笑ってばかりで笑すぎて担任の先生を呆れさせたこともあったし。

「いっつも笑っとるなぁー」って。w

楽しいことをして笑い合った学生時代は今でも思い出すと元気が出てくるので

友達は私のパワースポット的存在かな。

 

その中でも、まず一人目に紹介したいのはS子!

私が美容に興味を持つこととなったキーパーソンです。

 

S子は私とは真逆の性格。

自由奔放で猛突進の私を支えてくれる

私のマネージャー?秘書?のような相棒でした。

しかもお願いしゃわけじゃないんだけど、

S子自らが私のことを全て管理してくれていて、笑

今から考えても謎すぎる。笑 けど、本当にありがとう。

私の一番の良き理解者であり影で私のマネージメントをしてくれてた存在S子。

S子のお陰で私は友達の輪が広がって、

毎日楽しく友達たちと遊びまくってた!笑

今でも岐阜に帰るとお馬鹿なことして遊びまくっていた友達と

パーティーをして楽しんでいる。元気の源。

S子はスギ薬局マニア

 

私、毛を気にしたこともなかったし、日焼けも気にしたことないし

なんなら男子のように少々汚くてもいきていける!

というダメダメな少女でした。

それに対してS子はいつも

    ・眉毛を気にしたり
    ・日焼けを気にしたり
    ・お肌のお手入れしてたり
    ・香水が好きだったり。
    私は化粧品とか全く興味はなかったけど、
    S子にはいつもお世話になっていたので渋々スギ薬局で2時間とかS子の買い物にただ同行してました。笑

    自分と真逆すぎて逆に興味湧いてきて、そんな彼女にどんどん惹かれていった私。

     

    あっ、そうです。私は長女でS子は次女。

    S子の「自由な感じ」に私は知らず知らずのうちに惹かれていったのかもしれません。

    彼女は自分の世界観を持っていました。

    いっぽうで私はというといつしか友達に頼られる自分を築いていて、

    みんなの中心的存在でいなければならない

    という勝手な責任感を感じるようになっていたのです。

     

    Dear:S子♡♡♡

    どんな時も私の味方でいてくれてありがとう!!

    どうしてそこまで他人に優しくできるのだろう。。。

    と私はいつも不思議でした。

    これからもおばあちゃんになってもよろしくね。

    From:Kao

    彼女はいつでもブレることなく、自分を満たしきっていたんです。

    自分のやりたいことを貫きブレない女だった。

    私はというと自分の軸がなかったのでブレブレだし責任感じるし・・・

    みたいな感じでした。

    高校進学。国家資格を目指しながらアルバイトで月8万稼ぐ。

    中学2年生で出会ったS子とはそれぞれ違う高校に進学。

    中学時代は大好きな友人や仲間と共に過ごしてきた安心感が大きかったのに対し、

    高校という新しい場所がアウェイで不安一杯でした。

    医療に対して憧れがあった私は

    親戚も通っているということと母の勧めもあって、

    高校卒業資格と介護福祉士国家試験受験資格が得られる

    自宅から離れた高校に進学しました。

     

    国家資格取得に向けて猛勉強の日々が始まったのです。

    3年間が超ーーー長かった!!!

    何度も高校辞めたいと思った。

    同時に私は高校に進学したらアルバイトすることが夢だったので、

    (早く自分で稼いでみたかった!)

    めっちゃシフト入れまくってました。

    アルバイトは最高に楽しかったです!

    一番楽しいと思えたのはお客さんから

    「ありがとう」

    「美味しかった!」(私作ってないけど。笑)

    ってレジの時に言ってもらえるから。

    そしたらまた頑張ろーーってやる気スイッチが入って、

    丁寧な接客を心掛けたり気配りしたり、

    心を込めて接客することや声の出し方とか変えてみたり。

    中には

    「君の接客素晴らしいからうちのパスタ屋さんに来ないか?」

    って言われたこともあったし、

    店長から「本気でここ(ファミレス)に就職しないか?」って言われたこともある。笑

    だからお金を稼ぐのは楽しーーー!!ってアルバイトで経験した。

    貯金もどんどん溜まって高1で70万とかだったかな。

    その時は趣味も無かったからただ母親に預けて管理してもらってました。

    しかし、、、ジャニオタデビューでバイト代が消えていく。。。

    高校時代はTちゃんとの出逢いでジャニーズにはまりました。

    Tちゃんがあるジャニーズファンで

    私は小学生の頃ニノが好きで8時だJが好きだったということもあり、

    高校時代に本格的に赤西仁くん担当(ファン)になりました。

    そんなTちゃんはめっちゃオシャレで、センスよくてメイクも上手な子で。

    当時の私は眉毛を整えたこともないし、

    メイクだってしたことないし、

    ダサい田舎娘だったんですけど、

    めっちゃ可愛いオシャレなTちゃんと仲良くなりました。

    Tちゃんに私との出会いは?

    って聞いたら「面白い子やなぁ」って思ったからだそうです。w

     

    Tちゃんは積極的に私を遊びに誘ってくれました♫

    周りも認めるくらいの2個1って自分たちのことを呼んでました。笑

     

    Tちゃんは超賢くて、なのにちっとも威張らない。

    そしてオシャレさんで性格も良くて。

    それに比べて私はダサすぎて性格もひねくれてるし・・・

    ってやさぐれていた時期もありました。ww

     

    だけどそんな私も受け止めてくれていつも一緒に遊んでくれました。

    遠征行ったなぁ。

    高3の時には仁くん脱退で悲しくて高校早退したなぁ。笑

    介護福祉士の勉強はかなり大変でした。

    だけどもともと医療系の道に進みたかった私は、

    介護福祉士のための授業のなかで

    医学は特に得意でした。

    医学のテストは満点や90点以上取れてましたね。

    ジャニオタ仲間でニコ1の親友Tちゃんから学んだこと。

    Tちゃんに出逢うまで私は特に趣味もなければ何かを応援したこともありませんでした。

    ピアノを幼い頃からやっていたので

    ピアノを弾くのが好きというくらいでした。

    もし、Tちゃんに出会っていなかったら

    今頃私は貯金が趣味になっていたと思います。

    Tちゃんはお金を使うことの楽しさを教えてくれました。

    それまでのお金は貯金して将来のために貯めておくものだという考え方から一転し、

    お金によって新しいことを経験できたり

    美味しいものに出会ったり、

    それまで岐阜から出たこともなかったのに名古屋の栄で買い物したり

    雑誌を見てワクワクしたりできるんやぁ

    ってことを身を以て実感したのです。

    高校時代に楽しいことを思い切り楽しむ仲間ができた

    だからこそ、3年間の猛勉強を共に乗り越え、

    仲間と一緒に介護福祉士国家資格に高校3年生で合格することができました。

    仲間と切磋琢磨する環境は

    時に辛く周りと比べてしまうことで

    自分と向き合わなければいけない時もありますが、

    楽しいことを夢中で共有してきた仲間とは今も繋がっています。

    私一人だけ。美容専門学校へ進学。

    高校時代の仲間たちは

    看護の道や医療関係へ進学、金城や日本福祉大学や聖徳学院へ進学

    介護施設に就職していきました。

    その中で私一人だけが「美容専門学校」へ進学

    母親や親族も私が介護の世界や医療系で働くことを

    楽しみにしてくれていたようでしたが、

    私は私がやりたいことをやる!と思って自分で決めました。

    国家資格までとっておいて親族からは

    「勿体無い」など言われましたが

    私の石は固く、美容専門学校へ。

    なぜ、美容専門学校に進学したか?

    さて、私が美容の道に進むことを決めた理由として

    きっかけの一つは

    介護福祉士国家資格を取得するための勉強の中で、

    「嗅覚は脳を刺激し回想することもできる」ことや

    施設実習での利用者の方々との触れ合いの中で

    手と手が触れ合うことで安心感を覚えたこと

    心理の授業を通して自分の気持ちに向き合い

    本当にやりたいことをやろう!!と思ったから。

    今までなんとなく選択してきたけど、

    この先何を変えたいか?と考えた時

    真っ先に

    「ダサい自分を脱却したい!」そう思いました。

    それまで彼氏もできたことが無かったし

    この先もこのままでは付き合うとか無理かも・・・。

    「自分を変えたいな」という気持ちでした。

    そしてバリバリ働くことを夢見ていたのでCIDESCO国際ライセンスという

    エステティシャン最高峰の資格を取得できる認定校を選び進学しました。

    S子(中学時代の親友)と同じ美容専門学校。

    S子とは、私の中学時代の親友ですが、

    同じエステティシャンの道を志していたのです。

    高校時代はS子と違う学校でしたが一緒に我が家で語り合ったりしてました。

    その中で将来の話や情報交換をしていました。

    そこで私は彼女に絶大な信頼を抱いていたので

    彼女と同じ道に進学しよう。と決めていたのもあります。

    エステティシャンを志すも落ちこぼれ。。。

    エステ科での授業は好きなものばかりでした。

    解剖生理学に皮膚学など。

    でも!実は肝心なエステの実技が大の苦手でした。

    実技の授業の直前は逃げ出したくなるほど

    穴があったら隠れたくなるほど嫌で仕方がありませんでした。

    苦手意識も強かったせいで、実技の試験では泣きだしたり

    先生に呼び出されて補講を受けたりしてました。

    もう、エステティシャンには向いてなかなって思ったことも。

     

    でも「高校時代の国家資格取得のときも努力で乗り越えてきた!」

    というのが自信になっていたので

    家でのイメージトレーニングや授業では積極的に先生に質問するなど

    努力しました。エステが上手になりたかったから!!

    みんなができるなら自分も努力でできる!と分かっていたから。

    自分が独立してエステサロンオーナー
    になっているなんて想像もしていなかったですし

    目指してもいなかったです。

    ただ、クラスの友達からは

    「香織は将来自分でエステサロンをやってそうだね。」

    とは言われていたりしました。根拠はなかったと思いますが。。。

    専門学校時代に取得した資格

    • ネイル検定3級
    • アロマ検定1級
    • 認定エステティシャン
    • シデスコ国際ライセンス
      細々したのもあるけどざっくり言うとこんな感じです。

    たかの由梨ビュティークリニックから内定を頂く。

      テレビCMで放送されていた大手エステサロンから内定を頂きました。
      国家資格も頑張れば取得できることが分かったし、
      どうせだったら挑戦してみよう!と思って受けました。
      クラスから5人くらい受けて合格したのは私だけ。
      2次試験まであり、2次試験の試験官の方に
      「そのメイクと夜会巻きが上手ね!」と言われこれはイケるかも。
      って思ったのを覚えています。

    絶対に大手エステサロンに受からなければいけないと思った2つの理由。

      一つは
      医療系に進むはずだった私は、
      「自分のやりたいことをやりたい」と決めて
      美容専門学校へ進学しました。
      それを母や親族たちはいつも温かく見守ってくれていたのです。
      時には飲み会で酔っ払ってベロベロで帰ってきたり。終電なくて迎えを頼んだり。
      迷惑をたくさんかけました。
      当時は特にエステという職業は社会的に見たら認知度も低く
      きっと「エステティシャンです。」と言っても「何??」って言われるだろうと考えていたのでせめても大手に就職し、母や親族を安心させてあげたかったって理由です。
        もう一つは、
        実技があんなに苦手でエステが下手くそだった私を励ましてくれた先生方
        前向きな言葉をかけつずけてくれた先生方、
        「かおりさんは上を目指すべきだよ!」と言ってもらえたことが素直に嬉しくて
        あんなに熱心に指導してくださってこの感謝をどう恩返ししたらいいのか
        と考えたとき浮かんだのが、先生に喜んでもらいたくて
        大手エステサロンを目指してみるか!と思ったのです。

           

          入社してみて分かった。そこは軍隊。

          研修は代々木の本社で行われました。

          高校時代の親友たちにも見送られ、

          GReeeeNさんの道という曲を何度もリピートして

          新幹線に乗って東京に向かいました。

          研修では二週間ほど寮で初めて出会った同期たちと

          4人が1つの部屋で過ごします。

          お風呂は大浴場を利用しキッチンなども共同です。

          大浴場にはジャグジーやサウナもなって、さすがたかの友梨!!

          といった感じでしたが、

          いきなり超アウェイな環境。

          しかもみんな美人で可愛くてめっちや元気!やる気に溢れた同期ばかりでした。

          慣れるまでに時間がかかり最初は戸惑うことが多かったように思います。

           

          まぁ、とにかく一言で言えば「厳しい!」

          入社してみて色々と衝撃でした。

           

          当時、寮で同じ部屋だった4人の同期とは気が合ったので

          週末には一緒に憧れモデルさんたちが通っていた

          当時人気の渋谷のフットネイルに行ったり

          オシャレなカフェでお茶してみたり

          好きなファッションやモデルさんの話で意気投合できたり

          そんな同期と巡り会えたのは本当に幸運でした。

           

          二週間の研修を終ええると地方のサロンに配属されるわけですが

          私がまず初めに配属されたのは地元岐阜の小型サロンでした。

          地元である岐阜にもこんなゴージャスなすな空間があったのか!

          と初めてサロンに入った瞬間はただただ目が点になったほど驚きました。

          その数ヶ月後にはマリオットアソシアホテル店へ配属。

          セレブ・ゴージャス・高額コース販売が当たり前の毎日。

          でもそんなゴージャスなサロンでも

          朝から晩まで社員として過ごしていると慣れるんです。。。

          ゴージャスでシャンデリアが当たり前の空間となり、

          お客様もいわゆるお金持ち、セレブな方々ばかりです。

          普通に50万円、100万円以上のコースを契約されていきます。

          お客様との会話は毎日勉強になったし、

          そこでお金持ちの方々の価値観や考え方、娯楽、時間の使い方、教育など

          共通点を何となく見つけていき

          貴重な経験をさせていただくことができました。

           

          もし、あの経験がなかったら今は何をしていたんだろう?と思います。

          言い訳ばかり並べて

          できない理由をばかりに目を向けていたかもしれないと思います。

           

          だから誰でもどんな経験も無駄ではないと思うんです。

          その時は気がつかないけれど、

          ふと、後になって過ぎた時を振り返ってみた時

          あの時の経験が今役に立っていると思える日が来ます。

          たかの友梨ビュティークリニック勤務時代の経験は
          本当に貴重な経験をさせていただいた場所であり感謝しています。

          過酷な労働だったのは確かだったし、
          私自身も体調を崩してしまい通院しながらも働いていた時期もありました。

          それでも私は多くの尊敬する先輩にも恵まれ、
          可愛い後輩に出会い、
          切磋琢磨する同期にも出会うことができました。

          一流ホテル店である大型サロンは激務でしたし
          怒られたり褒められたりいろんな経験を積んだ時代です。

          自分のキャパを超えて体力気力の限界まで働いた時代でもあったと言えます。笑

          でももっと頑張れたのかも?

          過酷な労働を耐えれたのはまた仲間の存在でした。

          先輩や同期後輩とは絆も深まり

          お母さんのように心の支えになってくれた先輩や
          可愛がってくださった上司の方々には大変お世話になりました。

          たかの友梨ビュティークリニック時代には
          述べ1万2千人以上のお客様に施術させて頂き
          またご指名してくださっていたお客様方から
          一流のセラピストとして育てていただいたことにも感謝しています。

          私は2009年から2013年の
          4年間という期間の中で夫と結婚もし、
          2013年7月、マリオットアソシアホテル店にて
          たかの友梨ビューティークリニックを退社させていただきました。

          涙の別れは本当に悲しかったですが
          それも次のステップへ行くための決断でした。

          医学博士認定技術を取得。整体&小顔矯正のスキルを身につける。

          たかの友梨ビューティクリニック時代、

          1日何人ものお客様のボディーやお肌を施術させていただき、
          またお客様との会話の中で、
          自分に足りない知識やスキルがわかってきたんです。

          エステのスキルだけでは
          お客様の根本的な解決のはならないことを何となく感じるようになり
          もっと、質の高いアドバイスができるような自分になりたいと思っていました。

          そこで私は休みの日にはリサーチを兼ねて
          色々なエステや整体などを体験にいきました。

          そしてたまたまたあるお客様から少し情報を教えていただいたのを思い出し
          自力でそのサロンを見つけたんです。

          体験に行ってみると技術は確かでした。

          正直それまでどこのお店に体験に行っても
          自分が働いていたたかの友梨ビュティークリニックニックが最強であり、
          それ以上のものは見つからないかもしれないと思っていました。

          そして、

          ホリスティックという概念を勉強し
          それまでわかりやすくいうと、

          「腰痛の方には腰をマッサージすればいい」

          という概念しか無かったのが

          学んでいくうちに

          腰痛の原因となる姿勢や歩き方の癖、
          また思考のクセなどからも
          体のバランスを崩してしまうこともあるということなど知りました。

          また何より、自分のサロンを持つという夢を描けるようになったのも
          大手エステロン以外にも足を運んでみたということもきっかけの1つだったと思います。

          そして息子を妊娠中にもう一度エステを習い直し
          医学博士認定の技術を取得しました。

          自宅サロンをオープン

          2014年の夏に息子が誕生し、
          その半年後に自宅サロンをオープンしました。

          お客様が待っていてくださった形でオープンできたことが
          とてもありがたい状況でした。

          その後もお客様がお客様を紹介してくださるとよく言いますが
          全くその状況で、広告費も全く無し、完全口コミだけで続けてくることができました。

          最初は商工会議所などをお借りして

          無料でセミナーやマッサージ会など開催しました。

          他県から友人も駆けつけてくれて通ってくれる人もいました。

          近所のおばさまたちが「職場の女の子に紹介したい」とか

          「友達と一緒にやってほしい」と言われて

          私一人で2人を同時に施術したり・・・。

          3000円から5000円→1万円→1万5千円へと単価を上げていくことができました。

          また紹介制のため紹介してくださった方には優遇したり

          また会ってもらえるように美容グッズやオススメ本など

          お客様の好きそうなジャンルの本などレンタルも行いました。

          定期的に講師を自宅サロンに招いて、

          自家製の味噌を作りったり

          健康セミナーやスピリチュアル勉強会や

          タロットイベントなども行なってきました。

          本当に多くの方とご縁をいただいて出逢ってこれました。

          現在・・・

          現在は自分のための人生を生きていきたい!という女性に向けて

          手に職を着けて自分らしく働くためのスクールを運営しています。

          それもそもそもエステに通ってくれていたお客様からの声で立ち上がったものです。

          私はエステを通して自分がお客様に求められていることが分かってきました。

          私は自分の技術に自信があったので

          この結果はお客様が結果を感じてくださっていたという事実なので

          とても嬉しかったです。

          また「お客様からの信頼がすごい!」とも他の経営者の方から言っていだだいています。

          本当にありがたいことです。

          ありがとうございます。

          ここまでお読みいただきありがとうございました。

          kaori