プロフィール

昔のわたしは超ドケチだった。そして少し前までお金のために我慢していた同居の嫁でした。。

今回このことを書くべきかすごく迷いましたが、
でも本当のことなので本音で書きます。

今思うと最悪の女です。えげつない。

お金を使うことで経験を得られたという経験。

高校1年生の時、アルバイトで100万円を貯めたことがあります。
国家資格の勉強しながら。

わたしは親から【お小遣い】ってのを1度ももらったことがなかったんです。

なので、中学の時はお金を使わず遊んでましたね。

で、高校生になって、仲良くなった友人が
おしゃれで買い物好きだったこともあって、
それまで超ドケチ人間だったわたしがアルバイトで貯めた貯金を崩して
ファッションや化粧品、娯楽にお金を使うようになったんです。

その仲の良かった友達はジャニオタだったので、
わたしも影響されて、ジャニーズにもハマっていきました。

ちなみに、当時わたしは赤西仁くんが大好きでした。
KATーTUNが最盛期の時代でしたね。懐かしい・・笑。

で、遠征代とかコンサート代にあっという間に
お金が消えて行きました。

高校時代、仲の良かった友達と【お揃い】が流行っていたので、
友達とおソロの服を着たり、
可愛い文房具を買ったり、
食べ放題に行ったり、
プリクラを撮りまくるようになりました。

でも心のどこかでは、

お金を使った時、どこか罪悪感を持っていました。

「ぁあ、、またお金使っちゃた、、、」
「また貯金減っちゃった、、、」って

買い物した後にはいつも後悔してました。

超ドケチな母親の元で育ってきたので、
自分のためにお金を使うとか、
便利なものを買うとかって、
贅沢だ、とかなんか負けだ。
みたいなしょうもない考えを持っていたんです。

貯金はなくなったんだけど、
初めての経験ができたのはめちゃくちゃ刺激的で楽しかったんですよね。

その友達のお陰で、
わたしはアルバイトで稼いだ貯金の底を尽きてしまったけど、
【お金を使うことで経験を買うことができる】
楽しさを味わうできるってことを経験しました。
あの時の経験って今の色んなことに繋がってるな。
って思うんですよね。

色んなところにコンサートの遠征に行きました。
それから地方に行くことの楽しさを知って
それまで地元から出たことのなかった自分の視野が広がったんです。

あの時、思いっきり好きなことにお金を使っておいて良かったなって思います。

でも、あの頃、ビジネスを知ってたら今頃、、
っていうのも考えたりしますけどね。

お金を使うことで経験が得られるってこれはすごいことです。

お金は我慢代だと考えていた。

今、義両親と同居してますけど、
ビジネスを学すようになるまでの6年間、

我慢すればいつかその我慢は報われるって思ってました。

我慢してたら義両親が亡くなった時、
遺産というものでこの我慢がチャラになるかもしれない。
だから我慢しよう。
って、本当に最低なことを考えてました。

同居がつらくてそうやって考えて
耐えていたってものあります。

言いなりになっていれば、生活困らないだろう。
って思っていました。

そんな最低な自分でした。

わたしはいま義両親と同居しているわけなんですが
22歳で夫と出逢い、
そのころエステティシャンとして
たかの由梨ビュティークリニックで働きながら
一人暮らしをしていました。

そして、ある日過労から、
突発性難聴と医者から診断されて、
それでも休むことは当然できず、働きました。

また、膀胱炎を何度も繰り返したり、
次は掌蹠膿疱症という病気にもなりました。
とにかく、喉が痛くて痛くて、何も飲めない食べれない、
しかもては赤く腫れていて、痛い。。顔も腫れて痛い。。。
という状況でも仕事は休めず点滴に通って働きました。

そんなとき、ちょうど夫からプロポーズされて、
同居するという条件でした。

当時のわたしは同居に対しての知識を持っていなくて、
なんとかなるだろう・・
そして何よりわたしは一人暮らしをしていたので、
家賃やその他諸々のお金が浮くことを考えたらラッキー!くらいに
軽く考えていたんですよね。

多少の我慢は必要かもしれないけれど、
その分将来、自分の好きなものを買ったり旅行に行ったりできるかも!?
なんて、浅はかな考えしか持っていませんでした。

結婚当初2年間、わたし自身正社員でエステティシャンとして働いていたので、
同居で、家事を義母さんにやってもらえたことはありがたかったです。

ですが、退職して妊娠中、家にいる時間が増えて初めて
つらい・・って思ったんです。

全て、義両親、特に義母さんの言いなりです。
でもそれは断れない、
自分の意見を言えなかったわたしが悪かったって思います。

あの時は本当は自分の意見ややりたいことがあるのに言えなくて、
いつも義母さんの意見に反論があっても同調して、どこにいくにも一緒でした。
近所からも仲良しで親子と間違えられるくらいの関係でした。

それがまた義母さんは喜んでわたしをもっと可愛がってくれたり、
その姿を見てわたしは【義母さんが幸せそうならいっか】って思ました。

その頃のわたしの友達は60〜80代のおばさんたちになってたっていう。W

まぁ、おばさんたちは可愛がってくれるので楽だったし、
中には、すごい尊敬できる方にも出会えたりもしました。

80歳で自分のバッグ作って百貨店で個展開いたり、
定年後に絵画教室開いてたり。
毎週三重から大阪までさらにスキルアップのために習いに行ってたり。

でも集まると、嫁の愚痴や夫の不満など聞かされてました。

正直、無駄な時間だなぁって思いながら我慢してました。

楽しくないと体もカチカチになって
わたしはいつも頭痛で悩んでました。

何回、偏頭痛の対処法をググったことか。www

本当は自分のやりたいこと、

例えば本を読むとか、新たな場所に出かけたいとか、
色々したいことはあったんですが、
義母さんからの誘いを正直に断ることができなくて、いつも我慢してました。

毎日我慢を続けていると、
だんだんストレスが溜まってきます。

でも我慢は仕方ないって思うようになりました。

それは実際に義両親には
食費も生活費にも全て頼っていたので、
こうやって一緒に住ませてもらえるのも義母さんのお陰だし・・
我慢するもの仕方ないかなっ思っていたんです。

毎日、自分の意見も言えず、いつも義両親のことで頭はいっぱい。

結婚して2年経つと、やらしい話ですが、
あと何年、わたしは我慢し続けなくちゃいけないんだろう・・って
計算するようになりました。

あと何年後には義両親は○歳になっててそしたらわたしは何歳で息子は○歳。

これくらいお金がかかって、、、

とか毎日手帳を広げては電卓を叩きながらそんな計算をしていました。

本当に恥ずかしい話です。

あと20年の我慢だ。。
それまで私たちも貯金がこれくらいになっていて、、
息子も二十歳を過ぎればわたしは自由になれるんだ。。

でも20年後っていっても
当時の義両親の年齢から計算すると80歳。

友人から「畑仕事してる人は長生きするよ!」って言われていたので
がびーーんです。

80歳はまだまだ元気かもしれない。。

そしてわがまままな義両親だったので
もしかしたら年齢をもっと重ねるうちに
もっとわがままになったり色々と手がかかるかもしれない・・
と思いました。

とするとわたしはいつまでたっても自由になれないし、
このまま一生言いたいことも言えず、好きなこともできず、
一生コキ使われて、我慢して結局この家に骨を埋めることになるのか?

と考えたらもう吐き気がするほど恐ろしくて絶対に嫌だと思いました。

ちょうど、そんな時に義母さんの父親が亡くりました。
なんと、姉妹たちで遺産相続のことでもめていると義母さんから聞きました。

私たち夫婦は、お金を貯めてこの家をリフォームして
自分たちのお風呂を作り、子供部屋を作って快適に過ごしたいなって
密かに考えていたのですが、
この土地の名義は義母さんの兄弟たちのものになっていて、
名義を夫に変更させてもらえそうにないなって判断しました。

となると、もし万が一、
義母の兄弟たちが土地を売るといった場合、
私たちは住む権利は無くなるし、
そもそもリフォームするのしても土地が私たち家族のものでもないのに
リフォームしてしまったら・・・。

恐ろしくて、いつかリフォームして住む!というのも断念することに。

まぁ元々わたしはいつかこの家を出たいと思っていたんですが。

いいところが見つかるまでの我慢だと生活していたある日、
息子が3歳の頃、義母さんが息子(孫)に対していきなり怒鳴ってキレることがありました。

義母は元々、外ではかなり気を使っているタイプだったので、
家ではイライラしまくってました。

義理の妹が言っていたのこういうことだったのか。。
って思うことが度々ありました。

こんな状態では、息子にも悪影響だし、
わたし自身ももうこれ以上耐えていく意味があるのか?って真剣に思いました。
そして、本当に出て行こうって夫と賃貸を探したり物件周りに行きました。

でも、気に入るもの、夫の職場との距離、息子の幼稚園との距離など
条件からなかなか理想のものは見つかりません。

わたしはどの土地、物件を見てもこんなところに住むくらいなら、
海外に住みたい、海外で暮らしたい
っていつも思ってました。

なかなか思うような土地や物件に巡り合わなかったこともあって、夫もわたしも物件探しは中断。

その間に、夫の会社65周年ということで家族でシンガポールに招待してもらったんです。

そこでわたしは超悔しい思いを一人で勝手に味わってきたんです。www

同じ人間なのに社員を海外に連れて行けるなんて、、カッコよすぎるだろ・・

と思いました。

正直、嫉妬しました。

自分は一生このまま人生を終えたくない!
どうせやるならわたしも自分の人生に挑戦したい!
でもこのままじゃ到底、それは叶いっこない!!

と考えたので、
帰国してから色々調べました。

どうすれば、社長のような自由を手に入れられるのだろうか・・・?

そしてたどり着いたのがインターネットを使っていくことでした。
自分がパソコンを使って仕事?

パソコンなんてほとんど使ったことがないわたしにできるのか?
という不安とかっていうのは不思議となかったですね。

とにかくインターネットに可能性を感じていたには確かだったので
以前からインターネットは
レバレッジが効くということを与沢翼さんの動画を見て知ってたのもあって、

苦手とか言ってられる暇はない!やるしかないんだ!という気持ちしかで取り組み始めたわけなんです。

今はインターネットを使って、自分のビジネスを持つことができます。

もう、そのことはあなたは結構な人が薄々感じているのではないでしょうか!?

わたしも薄々感んじていたものの、
怪しいんじゃない?詐欺じゃない?とか
バリバリ怪しんでましたからね。笑

今思えばちゃんと知らなかっただけ。

わたしはとにかくダメダメな人間でしたね。

我慢の代償に将来、親の遺産が転がり込んできて
晴れていつか自分たちは自由になれるんじゃないか・・

そんな時には自分はもうアラフィフ。

体力だって今より絶対にあるはずはない。

なのに、「あと何年の我慢だ。」
って常に考えてましたから。。

でも、そんな確実とも言えないことを夢見て、
現状に我慢してストレス溜めまくって

そんな思考で今でも完全に他人に自分の人生の舵切ってもらってたら、
確実に今頃精神を病んでおかしくなっていたと思います。

今も同居してますが、
今は夫との将来の目標、【海外移住】という目標があるので
全くイライラしません。

何を言われようがどう思われようが別に関係ないからです。
自分の人生なんだって思えるようになったからです。

他人に振り回されてるうちは、
本来の自分じゃなかったので
イライラしてました。

自分の軸で人生を考えましょう。

と過去の自分に言ってあげたかったです。

今は自分の時間を自分のために使ったりできるようになったし、
いつも嫌な気持ちになるような人からは
撤退するようにしていたら(距離を置く)
誘われなくもなったので、(笑)
とても気が楽です。

その分自分のやりたいことに時間が使えるので幸せです。